【報告】臨床哲学・哲学プラクティス国際セミナー&ワークショップ
2019年7月30から8月1日までの3日間、韓国の国立慶北大学哲学科から教員・学生14名が来日し、臨床哲学・哲学プラクティスに関するセミナー&ワークショップを開催しました。2017年夏、同じく韓国の江原大学哲学科の人たちと大阪でセミナーが開催されましたが、それと同様の趣旨でのイベントです。韓国では「BK(Brain Korea)21plus」という人文系のための国家プログラムがあり、哲学系の大学院では韓国社会での問題に人文知を活用するために哲学相談・哲学治療・哲学対話といった研究・教育に対して助成金が交付されています。この二つの研究交流はいずれもこの助成金プログラムによるものです。
今回、堀江剛(教授)は「哲学対話演習」として、慶北大学哲学科の大学院生7名を参加者とした1日半のソクラティク・ダイアローグ(SD)を行いました。事前にテーマを設定せず、イントロダクションでのSDの説明から、グループは「理想を望むこと」に関する問いを作り、模造紙に日本語・韓国語を併記する仕方で例の提示や答えの探求を行いました。当初、共通言語による対話/進行ができない中でどうなるかと心配していましたが、通訳の協力と「ゆっくりした対話の進行」を意識することで、いつも通りの「対話だけによる哲学的な探求」が実現できました。初めてSDを体験する参加者たちばかりでしたが、哲学科で学んでいることもあり、具体例に基づいて「哲学する」ことの意義と楽しさは伝わったかと感じます。
2日目の午後からは、大阪大学臨床哲学研究室の教員による二つの講義・発表が行われました。
ほんまなほ(准教授/兼任)は、「臨床哲学からフィロソフィ」と題する講演を行い、まず、日本で「臨床哲学」が提唱されて以降、第一(1995-)・第二(2005-)・第三世代(2015-)それぞれの課題と問題点を整理し、「名前をもった特定のだれかとして、別のだれかある特定の人物にかかわっていく」という鷲田清一による臨床の意味を引き受けつつも、これについて「無条件に世話をされた経験」「存在を贈りあうこと」「弱いものに従う自由」という抽象的解釈をとるのではなく、むしろ、ベル・フックスが強調するように、ひとがどんな境遇にあっても生き延びようとするひとのポジティヴなちからと創造性こそが、〈だれ〉と〈だれ〉を結びつけるのであり、そこからケアと対話がうまれるのだ、と説きました。そして、生きづらさを生きる〈だれ〉の声を聴くときに胸がうたれるのは、じぶんが、そのように生きてきたその〈だれ〉とは異なる生き方をしてきた、べつの〈だれ〉であることを思い知らされるからであり、この〈だれ〉と〈だれ〉が真に出会い、ともに生きる場が〈フィロソフィ〉であり、そこでは、知る、愛する、関係する、の実践が折り重なるのだ、と講演を括りました。
小西真理子(講師)は、「臨床哲学」を知ることで得た視点に依拠して、これまで行ってきた「共依存研究」の原点に立ち返り、それが実際に出会った(複数の)特定の「あなた」と他でもない「わたし」の関係性からはじまったものであることの語りなおしを行いました。質疑応答を通じて小西は、「あなた」と「わたし」という二者関係に生じているのは、(問題あると認識されるものがそこに存在している場合においても)「あなた」の問題を取り除く方法の提示ではなく、実際に問題を生きている「あなた」がどのように語りかけてくるかに注視しつつ、その当人ではなく当人が生きにくい社会・規範について問い直すような視点だということが分かったと述べています。それは、韓国をはじめ諸外国で「Clinical Philosophy」が「治療哲学」と訳される・認識されるような視点とは異なるものであると理解できるでしょう。
3日目には、大阪大学臨床哲学研究室の大学院生および慶北大学の教員・大学院から、7つの研究発表が行われました。そこでは、従来の(古典文献読解に基づく)哲学研究とは異なって「どうすれば哲学や哲学的思考を現実の問題にリンクできるか」という模索や試行がさまざまに示されました。また、(江原大学との共同セミナーと同じく)、韓国における「哲学治療」と日本(大阪大学)の「臨床哲学」との違いも感じられました。そこで、研究発表の最後に設けられた意見交換会で、私たちは両者のアプローチの違いを明確にするために、次のような問いを投げかけてみました。
A:問題について、その解決(除去?)を考える
B:問題を生きる人々の声を聴き、ともに考える
両者の共通点・相違点・協力点はどこにあるのか。
大阪大学側からは、Bについて「ケア」と結びつけた説明がなされたために、「ケア=感情や共感を重視する」という一面的な理解がもたれてしまい、ケアだけでは不十分ではないか、という意見も出されました。他方、ケアリングとは、理性や思考と対比されるものではなく、より実践的で包括的な関係の知であると、具体的な経験をもとに応答がなされました。上記の2つはいずれも重要な視点であり続けると思われますし、今後も議論を続ける必要があるでしょう。今回のセミナーでは、哲学と実践をめぐる問いが、国際的な(少なくとも日韓の)広がりの中で議論されうることを確認できたのではないでしょうか。
最後に、三日間のセミナー・ワークショップで通訳を務めていただいた尹美羅さん、李アロムさん、金載勲さん(いずれも大阪大学文学研究科大学院留学生)に、感謝の意を表します。彼女ら・彼らの献身的な協力がなければ、この催しは成功しなかったでしょう。
— 以下、プログラム内容 —
臨床哲学・哲学プラクティス 国際セミナー&ワークショップ
2019 International Seminar & workshop on Clinical Philosophy & Philosophical Practice
日時: | 2019年7月30日〜8月1日 |
会場: | 大阪大学全学教育推進機構実験棟1F サイエンス・スタジオA |
主催: | 大阪大学文学研究科臨床哲学研究室・国立慶北大学哲学科 |
プログラム/Program
哲学対話演習Socratic Dialogue(7月30日・31日午前)
進行役:堀江剛/Horie, Tsuyoshi(大阪大学教授)