研究室にいた時のこと
2000年、学部2年生のときに倫理学専修に入りました。関心をもったきっかけは、学部1年生のときに受講した鷲田清一さん、中岡成文さんの授業です。受講者同士でテーマや映像作品について語り合ったり、医師や看護師、障害のある方などをゲストにお話をうかがったり。先生から一方的に学ぶというより、いろんな人たちの声に耳を傾けながら一緒に考えるというやり方に惹かれました。
大学院(臨床哲学研究室)に入って臨床哲学演習等で先輩との関わりが増え、課外活動のような形で行われていた哲学カフェにも誘っていただき、次第に、スタッフとしてお手伝いしたり、進行役を体験したりするようになりました。2005年、博士後期課程1年(D1)のとき、臨床哲学研究室のメンバーを中心に、哲学カフェを実施・サポートする団体「カフェフィロ」創設。私もメールマガジンの担当者として、当時はまだ少なかった全国の哲学カフェ情報を調べ、お届けする役割を担いました。
授業のほうでは、学部生の時からジェンダー・セクシュアリティに関心があったので、授業(金6)で性教育に関する分科会を提案し、日本における性教育の現状や教材について調べたり、HIVの予防啓発を行っていた大阪府立松原高校の「るるくめいと」のみなさんをゲストに対話イベントを企画したりしました。
D1の終わり頃から持病が悪化し、2-3年ほど寝込んで休学を繰り返す日々でしたが、指導教官のほんまなほさんらに支えられ、分科会「対話に使える絵本研究」に参加することができました。復帰後も、体調が安定しないなか、どうしたら研究室で学び続けることができるか一緒に模索してくださり、リサーチアシスタントとして、アートエリアB1で実施していた「中之島哲学コレージュ」の実施・研究に携わることができました。[1]
今何をしているのか
結婚を機に移り住んだ岡山を拠点に、フリーランスの「てつがくやさん」(哲学プラクティショナー)をしています。「子育てモヤモヤについて語り合いたい」、「職場で立場を超えて語り合う機会がほしい」、「地域の人と地域の問題について考えたい」といったニーズに応じて、哲学カフェや子どもの哲学、ソクラティク・ダイアローグなどを企画・進行。公民館、子育てスペース、福祉施設、病院、学校、喫茶店等に「出前」するという形で、様々な人たちの「はなして、きいて、かんがえる」をお手伝いしています。
ときには、哲学カフェの参加者から、「悩みについて相談にのってほしい」、「モヤモヤを整理する伴走者としていてほしい」と依頼を受け、1対1の哲学カウンセリングを行うこともあります。
また、哲学プラクティスを通じて知り合った仲間(その一部は学生時代に臨床哲学研究会で知り合いました)と、毎日小学生新聞で「てつがくカフェ」という連載の執筆もしています。
研究室で学んだことと現在とのつながり
つながってないことは何もない!!と言っていいくらい、全てつながっています。今の仕事は、臨床哲学で学んだ「現場の問題を現場の人と一緒に考える」を実現するためのものなので。子育て中の人や障害と共に生きる人の悩みをきいて一緒に考えたり、職場や地域の課題について対話する場をつくったり。そうした実践は、学生時代に経験した対話や授業で学んだ現実問題へのアプローチ方法に支えられています。また、哲学者の思想を学ぶ講義や文献読解演習も、さまざまな人たちの思考を読み解き、整理したり掘り下げたりするのに役立っています。
現在の研究室の学生に一言
臨床哲学研究室は、「教えてもらう」というより「一緒にやってみる」ことで学べることの多い場なので、誰かに「一緒にやらないか」と誘われたら、迷ったら試しに一回飛び込んでみるのがおススメです。
また、もし大学生活を続けるのが難しいと感じることがあったら、ひとまず先生に相談してみてください。難しい問題についてはスパッと解決とはいかないでしょうが、あなたが抱える問題に耳を傾け一緒に考えてくださる、その先生方の姿勢こそ、臨床哲学のあり方そのもので、私たちが学ぶべきものなので。
- [1]
- 本間直樹、松川絵里「哲学という名のプラットフォーム:ラボカフェ/中之島哲学コレージュ」, Communication-Design. 2010, 3, p. 122-133.