研究室にいたときのこと
大学3年の時に、当時大阪大学の教授だった鷲田清一先生が『NHK人間大学 ひとはなぜ服を着るのか』というテレビ番組(1997年10月〜12月)でファッションについて語っているのを偶然観ました。着心地、流行、制服、化粧、身体の加工、異性装などについて、哲学をはじめとするさまざまな思想につなげて論を展開していく。私は幼い頃から服装にこだわる性質でしたが、ファッションはころころと判断基準が変わる「軽いもの」で、趣味の範囲にとどめねばならない、と思い込んでいました。それを学問の対象として深掘りできそうな可能性に衝撃を受け、自分が具体的にどうやってファッションに取り組むのかは全く見えていませんでしたが、とにかくもっと鷲田先生の話を聞いてみたいと大学院進学を決意したのです。
入学した1999年は、研究室ができて間もない頃。メイントピックはケア、医療、教育で、ファッションを論じようとする学生は私しかいませんでした。しかし、テーマは異なっても具体的な事象を哲学に接続する仕方は参考になりますし、さまざまな立場の社会人の参加者の方々にも刺激を受けました。鷲田先生はじめ、異なる分野を研究されている先輩も親身になってアドバイスをくださり、ヴェブレン、ジンメル、ボードリヤールなどの言説を参照したうえで、ベンヤミンの歴史哲学に依拠しながら流行の構造を捉える、という修士論文を提出したのでした。
今何をしているのか
ファッションを一生のテーマにすることは心に決めたのですが、生み出す側の立場は記事などでしか知り得ない。論文執筆に試行錯誤しながら、現場をよく知らないままでは机上の空論になってしまうのではないか、という思いが強くなっていました。そこで、修了後はその精神に共感していたコム デ ギャルソンに入社することに。ファッション業界のサイクルや仕組みを身をもって体験しました。
ただ、目の前の仕事に追われる毎日で、入社して9年が経とうとしていた頃、少し立ち止まって整理したい、という思いが頭をもたげてきます。そこで2010年に退職し、社会的文脈をふまえながら考えることにリアリティを感じるようになっていたため、社会学を通してファッションに対峙してみることに。聞き取りなども行い、数々存在するファッションのスタイルへの人々の関わり方を探りました。
新たな分野を学ぶ楽しさはありましたが、そこでもまだ違和感がありました。クローズドな世界だけではなく、たくさんの人に向けて発信したいと思うようになっていたのです。そんな時、コム デ ギャルソン在籍中にお付き合いのあったファッション誌の方からファッションの現場を取材して書く、という仕事をいただきました。新作が発表される場に出向き、空気を感じ取り、デザイナーに話を聞き、考えを書く。いくつかの企画を担当して、その立場が自分に合っているのではないか、と気づきました。以降、10年ほどファッション誌や新聞などでファッションについての記事を書いています。
研究室で学んだことと現在とのつながり
大好きなファッションにどう関わっていくのか長年をかけてさまざまな方法に挑戦した結果、ファッションの現場に身を置いて書くという仕事が一番しっくりきました。写真や動画ではわからない情報や雰囲気を伝え、発表されたことがどんな意味を持っていそうなのかを書くために、考えることは必須です。文献を引用するわけではないものの、視点や着地にファッションだけに集中していては得られなかった学びが活かされているはずだと思っています。
現在の研究室の学生のみなさんへ
私はファッションという関心事を深めるために研究室に参加したため、論文執筆にあたって何かの思想に接続させなければなりませんでした。しかし、振り返ればそれはただのこじつけで、自己満足に過ぎなかったように思います。今は書くからには、誰かに読んでほしい、楽しんでほしい、何かのきっかけになってほしいと願っています。そのためには、自分が本当に納得している内容でなければならないし、読者にわかってもらおうという姿勢が必要です。そうした心がけが議論や論文を魅力的にするのではないでしょうか。
また、インターネットで何でもできる時代ではありますが、実際に体験してみないとわからないことは本当に多いし、資料を見ただけで語っても、とくに現場の人々に訴えかけることは難しい。現場に出てみて感じ、人々と接することが説得力につながる気がします。