近年、心理学、社会学、看護研究、その他のひとにかかわる領域において、質的研究が注目され、数おおくの研究が発表されています。本来、質的調査とは量的な調査と組み合わせておこなわれ、単独で成立するのではなく、より大きな研究の一部に位置づけられるものです。他方で、ひとびとの生活のなかの「声」に着目し、その「声」をききとり、膨大な文字のデータとして集積する人文学のあたらしい潮流もみられます。いずれにしても、これらの研究は、ひとびとの「生活」や「声」を「対象」にして、それを大きな構造や枠組みのもとにに理解しようとするする試みだといえるでしょう。
そのようななかで、臨床哲学が手探りでもとめてきたのは、医療の場にかぎらない〈臨床〉、つまり、〈ひとびとが出会われる現場〉において、旧来の人文学の制度にとらわれず、また、実証主義的、エヴィデンス中心的なアプローチでもない、ひとびとへの〈生身の関わり〉でした。こうした臨床哲学の試みは、対話という実践面においては、関連分野の実践者とともに、試行錯誤をくりかえしながら、さまざまな社会の現場にひろがりつつあります。しかしながら、その成り立ちにおいて「非方法」をモットーとするがゆえに、研究へのアプローチという面については、まだまだ先を見通せていない、といわざるをえません。
シリーズ「社会の臨床、そのメチエとエチュード」では、社会の臨床における実践の〈メチエ〉、つまり、〈からだをはたらかせて、ことをなす〉という営みに、しっかりと根をおろしながら、その〈メチエ〉を他者につたえ、知恵としてわかちあう、その先にある研究のすがたをともに探っていきます。臨床哲学は、そのはじまりから、学問はどうあるべきかを問う、「学問論」でもありました。既存の方法主義にのっとるのではなく、あくまで「学問論」を問いながら、しかし、ものごとを俯瞰する抽象論におわることなく、手や足、そのほかのからだや感覚を研ぎすますような、研究をおこなうための試論、練習、〈エチュード〉をみなさんとともに、奏でていきたいとおもいます。
シリーズ第2回 社会の臨床と実践の〈メチエ〉
第2回は、大学院を修了したのち、それぞれの現場で臨床哲学を生きる実践者から、実践の〈メチエ〉=〈からだをはならかせて、ともにことなす〉ことについてお話しいただきます。
プログラム
14:00 | 主旨説明と登壇者紹介 | ほんま なほ |
14:15 | 「在日コリアン」としての私と臨床哲学 | 発表 金 和永 |
15:15 | それぞれのたたかいが出会うところで、ソーシャルワーカーに起きること/できることを考える | 発表 菊竹 ももえ |
16:15 | コメンテーターを交えた対談 | 金 和永 x 菊竹ももえ x 小泉 朝未(コメンテーター) |
16:45 | おわりのことば | 小西 真理子 |
※発表題目は当日変更される可能性があります。
登壇者紹介
金和永(きむ・ふぁよん) 特定非営利活動法人IKUNO・多文化ふらっと こどもみらい事業主任 特定非営利活動法人クロスベイス 事務局長 |
大阪生まれ、生野区在住 大阪大学大学院文学研究科博士前期課程修了(臨床哲学研究室) 2017年度 特定非営利活動法人クロスベイスで学習支援事業の立ち上げから関わる 2022年度より 特定非営利活動法人IKUNO・多文化ふらっと 事務局スタッフ |
大学生のとき、とよなか国際交流協会でルーツを持つ子どもの居場所づくり・学習支援の活動に ボランティアとして関わりはじめ、それ以来子どもと「ともにいる」ことを続けています。 子どもの哲学(philosophy for children, p4c)という哲学対話の実践に関わってきました。 対話の場は一朝一夕にはできないけれど、「互いにそこにいる」という現実からともかく始める、 というのが大切だと感じています。 |
菊竹 ももえ(きくたけ・ももえ) ちいさな表現/精神保健福祉士 大阪大学大学院文学研究科博士前期課程修了(臨床哲学研究室) |
歌や絵、zineなどで自分の身の回りのことをコンパクトに形にし、 他の人の人生に置き直すようなつもりで表現活動をしています。 また、主に精神保健福祉や若者支援の分野で、 ソーシャルワーカーとして相談支援や居場所活動を行ってきました。 |
小泉 朝未(こいずみ・あさみ) Social Work / Art Conferenceコーディネーター |
臨床哲学を学び、多様な背景を持つ人々と、詩や物語の交換を通じた対話の活動を行う。 共生が課題となる領域でのアートコーディネートや、その場の身体的交流に関わる研究もしている。 |